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| 設立:1980年12月/グループ企業数43社/資本金 5,209万円(平成18年3月現在)/代表取締役社長:鎌田光男 |
| 首都圏に特化した「メール便」の共同配送を展開し、ハイペースな成長を遂げる地区宅便。この急成長を支えているのが、メール便では初めての導入となる貨物追跡システム。配送状況をリアルタイムに把握し、入出荷から支払い、請求まで一元管理が可能。現場での徹底した品質管理に加えて、同システムの導入により、配達の精度はさらに向上して、問合せ率0・5/1万件を達成。荷主からの絶大な信頼を得て、05年実績で首都圏におけるメール便の、グループのシェアは40%。 1980年に区域貨物事業者24社が集まって協同組合として設立された「地区宅便」は、1983年に他社に先駆けてメール便という分野を開拓。組合員ネットワークを活用することで、多様な荷主の期待に応えるサービスを実現してきました。しかし、ここに至る道のりは、決して平坦なものではありませんでした。 |
協同組合「地区宅便」の最初の協同事業は、小口宅配貨物の共同集配。設立当時の1980年代は、個人貨物が伸びはじめた時期で、開始してから2〜3年は順調に軌道に乗り、一時は月間3万個、ピーク時には10万個を扱うまでに。しかしその後、増え続ける物量への対応のため流通拠点を集約したことや、一次産品などの扱い難い荷物が増えたことでコストが増大。解決策が見出せぬまま、最終的には撤退を余儀なくされてしまいました。 「ネットワークを作って、配送体制を作り上げるまではいいんですが、当時は仕事が流れ出すと、全体を見る人がいませんでしたから、変化に気がついて軌道修正するようなことができなかったんですね。うまく行ってる時に儲けたお金も皆で旅行に行って、全部使っちゃったりしてましたからね(笑)」。 当時を振り返って、鎌田社長は苦笑します。 |
「新たに組合に加盟してくる企業は、組合本部の荷物をあてにしています。それに応えるために、組合本部は営業部や業務部に人員を投入して、がむしゃらに取扱い受託量を増やす路線を走りはじめたのです」(鎌田社長)。 組合本部の発した大号令のもと、営業は受注を取りまくり、業務は量を捌き切ることに専念。仕事が奔流のように押し寄せてきました。それなのに、いざ決算となると不思議なことに赤字。原因を調べてみると、同業他社によるダンピングのあおりを受けて、営業部がコスト度外視で受注。業務部は配送効率も考えずに流すという実にお粗末な業務体質が浮き彫りになったのです。事態を打開できぬまま、こうした状態が3〜4年続き、ついに赤字は億単位までふくらみます。 「管理・運営の要である組合事務局に常駐する役員がいなかったために、経営的な視点で組織を捉えることができませんでした。組織としての責任感が欠けていたのです」。鎌田社長は失敗の要因をこう分析します。 メール便事業は伸び盛りでしたが、89年にやむなく事業中止。当時、専務理事であった鎌田社長は、本部を縮小し、流通センターを分割して貸すことで収入を得て、5年間で負債を返済する道を選択しました。 |
| 計画通り94年に負債を返し終わった地区宅便に再起のときがやってきます。90年に参入規制が緩和されてからは、小口宅配市場に参入する事業者が急増し、メール便が俄然脚光を浴び、市場は大きく拡大しました。メール便に関しては一日の長のある地区宅便は、ほどなく大手の顧客を得ることに成功。事業は再び軌道に乗りはじめます。 そして、過去の失敗を繰り返さないために、鎌田社長はある決意を固めていたのでした。 「これからは自分がすべてに目を配り、リーダーとなって地区宅便を引っ張っていこう」。そして、自分の会社は後継者に引き継いで、鎌田社長は地区宅便再生にかけた改革をスタートさせます。 まずはじめに着手したのは、配送品質の徹底追求。 「メール便需要拡大の中で、業界全体の品質レベルが悪化していましたので、将来的に安定して事業を拡大していくには、品質向上が不可欠と考えました」。 鎌田社長は「品質第一、価格第二」というスローガンを設定。品質を脅かすような価格設定を求められる業務は請負わない姿勢を示し、品質向上のために全拠点で定期的に連絡会を開き、問題点を徹底的に潰しました。こうした中で浮上してきたのが、「お客様の目に見える品質管理」としての「貨物追跡」です。前例がないため大きな投資が必要なことは確実でしたが、資金計画を練り組合員全員と意見調整を重ねて、ついにこの計画は動き出します。 2000年の4月から大手事務機メーカーと提携するとともに全国中小企業団体中央会の「情報通信技術活用型下請等取引システム開発事業補助金交付」に申請。助成金を給付され、ソフト開発を開始。 約10億円をかけて完成した貨物情報管理システム(P2メール便システム)は、配達員が荷物に貼られたバーコードをペンリーダーで読みとり、組合事務局に開設した情報センターにデータを送信するだけで、受発注から貨物追跡、荷主への情報提供まで一元的に管理できるというもの。また、荷物がお客様の手元に届く日時やエリアをリアルタイムで把握できるため、荷主は配達日に合わせた発注体制を組むことができ、作業効率を格段に向上させることが可能になります。 2002年4月にシステムが本格稼働。メール便1万件に対して問い合わせが何件発生するかという発生率は、それまで2・5件だったものが、導入後1年で0・5件にまで減少。 こうした努力の甲斐があって、メール便の受注はうなぎ上りに増え、2000年に3億円あった売上が、翌年には6億円に。システム稼働後に徹底した配達体制の作業効率を図った結果、02年からはまさに倍々ゲームで伸びて、04年には36億円という驚くべき急成長を遂げました。 同業者による協業としては、金字塔ともいうべきこの成果。地区宅便の軌跡は、協業化にまつわる様々な問題点を浮き彫りにしながら、それを超えるための答を明確に示唆しています。 経営感覚と強い責任感に裏付けられた、リーダーシップの存在。それぞれに強みを持った企業が力を合わせた時、誰に任せるのか、誰が引き受けるのかを明確にすることこそ、事業を成功に導くための重要な鍵となるのではないでしょうか。 |
| 【特集】 | |
| ・同業者こそ最強の味方? | |
| ・協同組合、明日のカタチ | |
| ・「協調」のないビジネスに、勝者はいない。 | |
| 【ケーススタディ】
・株式会社地区宅便/・秋元運輸倉庫株式会社/・ロジネット協同組合 |
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| 【総論】 ・「最強の味方」に出会うために。 |